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最近、地球の温暖化が大きな話題になっていますが、果たして身近な所ではどうでしょうか。釧路、帯広、札幌の過去110年の平均気温変化をみると、やはり明らかに温暖化の傾向にあります。釧路は約1℃程度の上昇ですが、帯広と札幌は釧路の2倍の約2℃も上昇しています。さらに、世界的には過去120年間で平均気温が0.6℃ほど上昇しています。しかも1700年代後半の産業革命以降、この気温上昇とともに二酸化炭素の濃度も増加し、その傾向がよく一致しています。このことから、近年の急激な温暖化は化石燃料の燃焼によるもので、人間活動に原因しているというのが大方の見方です。
ところが、こうした気候変化は過去にもみられ、40万年間に氷河期が4回あったことが分かっています。地球が経験した最後の氷河期であるビュルム(ウルム)氷期は今から約7万年前に始まり、約2万年前が最も寒冷な時期でした。このように、過去にみられる大規模な気候変化は自然現象によるもので、数万年を単位として周期的に起きています。(針生)
最も寒冷な時期であった今から約2万年前、海の水位が世界的に100~140mほど低下し、この前後は現在の宗谷海峡が陸橋となりサハリンと陸続きでした。その当時、釧路の海岸は現在よりも十数キロ沖合いにありました。その後、やはり世界的な温暖化が進み、約1万年前から気温が急激に上昇します。当然、氷河の氷が溶けますので、世界的規模で海水面が上昇します。広がった海水が谷あいに沿って内陸へと進入する縄文海進が始まりました。その最盛期が約6,000年前で、古釧路湾が形成され、湾口には砂嘴(さし)が発達しました。その後、やや寒冷化し、古釧路湾から徐々に海水が引いていくとともに、砂や礫が堆積し、古釧路湾が浅くなっていきました。これが約6,000~4,000年前です。その後、砂嘴がさらに発達し、結局は湾が閉じられ、泥や砂礫の上に泥炭が堆積し、現在の釧路湿原が誕生しました。これが4,000~3,000年前のことです。
このように、ごく身近な大自然である釧路湿原は、地球規模の気候変化を思い起こさせる格好の場所です。(針生)
釧路湿原の泥炭下には貝化石の層があり、湿原がかつて海であったことを裏付けています。貝の種類はアサリ、オオノガイ、ウバガイなど様々ですが、この中にアカガイ、ハマグリ、シオフキなどの暖流系の貝も混じっています。しかも、縄文時代の東釧路貝塚や細岡貝塚から上記の貝と同じ種類の貝が出土し、やはり暖流系の貝も混じっています。貝化石の種類相から、当時の海の環境は現在の青森県陸奥湾に相当するとみられています。従って、当時は現在よりも海水温が4~5℃程高かったと推測されます。また、釧路市内の貝塚から出土した魚の骨によって、当時、生息していた魚の種類が分かります。縄文海進の最盛期である6,000~5,000年前には、やはり暖流系の魚が大半を占めています。一方、縄文海進後、寒冷化の進行にともなって、キュウリオ、サケ類のイトウやサケ属、マダラなどの寒流系種も多く出現するようになります。
このように、気候変化により水産生物の種類が明らかに変化しているのが分かります。(針生)
魚の漁獲量の増減が海洋環境によるものなのか、あるいは乱獲によるものなのか、その原因を特定することはたいへん困難です。しかし、マイワシは爆発的に増加する時期と急に減少する時期があることから、環境の変化によるものと考えられました。海洋観測により科学的なデータが得られるようになった1918年以降の環境データとの関連を調べたところ、1930~1940年代と1970年~1980年代におけるマイワシの豊漁期は、産卵場と仔稚魚の成育場の水温が平均より高い時期であることが分かりました。さらに、古文書から推定した過去200~300年間のマイワシの漁獲量の豊凶と、比叡山スギの樹齢270年の年輪幅から推定した水温との関係を調べたところ、やはりマイワシの豊漁期と水温の上昇期とが一致しました。また、1900年代における大西洋タラの漁獲量の増減は水温変化とよく関連し、比較的高い水温の時期に豊漁となりました。
このように、近年、気候変化により魚の資源が変化することが示唆されています。(針生)
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暖流と寒流がぶつかり合う道東海域は、魚の餌となるプランクトンが豊富であり、春から秋は暖海性の浮魚類が餌を求めて回遊してきます。明治以降、これらを対象に漁業が行われますが、1945年頃までは、漁場も沿岸域が中心であり、漁業規模も比較的小さなものでした。この頃は、1930年代を中心にマイワシが多量に漁獲されており、また大正から昭和初期にかけてはマグロも多数獲れました。1945年以降になると、各種の漁具が導入されて効率的な漁獲が可能となったり、漁船装備が近代化され沖合にも漁場が拡大したことなどにより、漁獲される魚種数も増え、漁獲量も飛躍的に増加し、鮮魚や冷凍魚や様々な加工品にされ全国に送られるようになりました。
また年代により主に漁獲される魚種が異なっていますが、これは資源量の多い魚種が交替する現象(魚種交替と呼ばれている)を反映したものと考えられます。何故魚種交替が起こるのかはいろいろな説がありますが、今のところ良く分かっておりません。(鈴内)
マイワシは古くから日本人によって利用されていますが、その漁獲量は数十年から百年に及ぶ長期的な増減を繰り返してきたことが知られています。また、世界の温帯の海に広く分布していますが、各海域のマイワシ漁獲量は同じような変化をしていることが多いようです。
この漁獲量の変動と地球の平均気温の変化とを比べてみると、マイワシ資源が多い年代は地球の平均気温が高く、資源が少ない年代は平均気温が低い傾向がみられます。そこで、このマイワシ資源の変化は地球規模の気候の温暖化、寒冷化と関係があるとの説があります。
すなわち、何らかの原因で、地球が太陽放射エネルギーを強く受けると、それが地球の温暖化や海洋の植物プランクトンの増大を引き起こし、ひいては植物プランクトンを餌として利用できるマイワシの資源増大につながるというものです。
マイワシの資源量の変化原因については、他にもいろいろな説があり、はっきりしたことは分かっていません。(鈴内)
アラスカ湾のカラフトマスと、アメリカ西岸域のギンザケの漁獲量はまったく逆の変化傾向を示してます。この変化はカリフォルニア沖の水温変化とも良く合っており、高温期にカラフトマスが増加、低温期にギンザケが増加しています。このような太平洋北東岸の水温やサケ・マス漁獲量の変化をもたらす原因の一つとして、北太平洋における冬季の大気循環系の変化が考えられています。
すなわち、アリューシャン低気圧が弱まり北太平洋東部で西風が強まると、東流している低温で栄養分豊富なアリューシャン海流はアメリカ西岸へと南下する勢力が強くなります。そのためアメリカ西岸は餌環境が良くなって、ギンザケ資源が増えるというものです。
反対に、アリューシャン低気圧が発達して東側に張り出し南西風が強まると、アリューシャン海流から分かれて北に向かうアラスカ海流の勢力が大きくなり、アラスカ湾のカラフトマス資源が増えることになります。(鈴内)
釧路・根室地方のコンブは年によって生産量が大きく変動することがあります。採集期における天候の影響によることもありますが、流氷の接岸もコンブの豊凶を左右する原因ともなります。
道東地方では、年によって2月中旬頃から3月末に多量の流氷がオホーツク海から根室海峡を通って大平洋に流れだし、そして南風が吹き荒れると沿岸各地に大小の氷塊が吹き寄せられることがあります。この時、海底の岩などをこすり、その年に採集するコンブに大きな被害を与えますが、反面天然の大きな力によって雑海藻などを取り除く磯掃除が行われ、被害を充分に補うだけの新しいコンブの新芽を着生させる場所を作り、翌年の豊作につながります。長い目で見れば、流氷はコンブ生産にとって天然の恩恵と言えるかもしれません。
地球温暖化のためか、道東の太平洋側では近年、流氷がやってこない年が多く、雑海藻が増えているので、いろいろな方法で磯掃除をして雑海藻を駆除しなくてはなりません。(鈴内)
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親潮のモニタリングの9年分のデータです。水温の規則正しい季節変動が目立ちます。太陽が作り出す一年のサイクルです。塩分にはきわだった季節変動はありません。硝酸と珪酸は、植物プランクトンが育つための栄養塩ですが、これらも冬にいちばん高くなります。これも冬の寒さと風が混ぜるからです。冬の冷たい季節風が春のために海の畑を耕してくれているのです。植物プランクトンの量がピークになる時に、栄養塩は低くなります。消費されるのです。動物プランクトン量が増えて高くなると、植物プランクトン量は低くなります。食べられるからです。季節サイクルを取り去って、平年からの偏差をみると気候変化が見えてきます。1998年から寒い冬が続いています。100年のデータには、20年以上続く暖かい春と寒い冬が交代に起ること、太平洋の東と西で逆になっていること、気圧の変動や熱帯の年平均水温などとも関連していることが見えています。(柏井)
海と気候変化の関係で顕著なのがエル・ニーニョです。エル・ニーニョは、赤道ペルー沖の海水温が異常に高くなる現象で、1997年から1998年にかけて起きたのは今世紀最大でした。エル・ニーニョが起ると、ペルー沖の水温が高くなり対流が盛んになるため、砂漠に雨が降ります。逆にいつも高温多雨のインドネシアは干ばつに見舞われるのです。このエル・ニーニョは、赤道貿易風がつくる赤道面の大気循環と海との相互作用です。この現象は赤道だけにとどまらず、子午線面循環とジェット気流の蛇行を通じて、北太平洋の中高緯度に影響します。エル・ニーニョが起きている間は、我が国では暖冬冷夏になりやすくなります。赤道東部と北東太平洋は、中部および西部北太平洋とは水温偏差が逆の変動を見せます。しかしこの北太平洋の10年スケールの変動は、エル・ニーニョとは無関係にも起ります。中高緯度には独特の変動のメカニズムがあるからです。長期的な気候変動から見ると、1976年以降、エル・ニーニョが起りやすい気候期に入ったことが分かります。(柏井)
気候変化の原動力は、星の一つである、太陽のエネルギーです。太陽の黒点には約11年の周期があります。これに近い周期で変動する星の活動レベルと活動サイクルの長さとを調べると、活動周期が短いほど星の活動が盛んです。太陽活動の周期の長さと北半球の陸上気温偏差の変動とを比べてみると見事に一致します。太陽からのエネルギーを受け止めて、気候とその変動を作り出しているのが、大気、とくに温室効果ガス(水蒸気、炭酸ガスなど)です。温室効果ガスと呼ばれる訳は、これらのガスが地表から宇宙に放出される赤外線を吸収し地表に向けて再放熱するからです。このため、地球の平均気温は15℃ですが、これらのガスがなければ地球の平均温度は-18℃になってしまうのです。大気中の炭酸ガスは、地球誕生から現在までの生命活動によって制御されてきました。その制御の産物が石油や石炭の炭素です。これらの炭素を燃やして大気中に放出することは、住みやすい温室の温度調節装置を狂わせることに他なりません。(柏井)
太陽は、光と温度、そして季節風のサイクル、すなわち気候のサイクルを作り出します。強く冷たい冬の季節風が海の表層を耕し、深層から栄養塩を再補給するのが、春の生産の準備です。植物プランクトンが十分な光を受けるには、浮遊する表層混合層が光の届く深さよりも浅いことが必要です。春になると、季節風の弱まり、水温の上昇や融氷などによる表層の密度の低下によって、表層混合層が浅くなります。これが春の植物プランクトンの大増殖を起します。植物プランクトンの生産が盛んになると、動物プランクトンが深層での越冬をやめて表層に浮上し、盛んに摂餌して成長し再生産します。水温のサイクルに併せて、南で越冬していた北の魚、南の魚が北へ回遊してきます。定住性の魚も餌の生産にあわせて成長し成熟します。秋の訪れとともに回遊魚の南への回遊が始まります。動物プランクトンも越冬のために深層へ沈下を始めます。冬の季節風が吹き始めると、表層混合層が深くなって、植物プランクトンの生産が止まり、海の生態系の生産の季節が終わるのです。(柏井)
気候変化は、海の生態系の変動を介して、水産資源の変動をもたらします。海の生態系の季節サイクルを作り出す個々の過程が、変動要因となる可能性を持っています。海の生態系は多くの要素とその相互作用で成り立っていますから、変動の要因はたくさんあります。有効なアプローチは、個々の過程の研究で明らかになったメカニズムを統合して、システム全体のモデルを作り上げ、このモデルを使って一つ一つの要因を調べることです。モデルが現実を再現しているかどうかを確かめるためには、検証データが不可欠です。これらの異なる研究のアプローチは、それぞれ相互に補い合う密接な関連を持っています。こうした協力と交流が、時間と空間のスケールが大きく、多くの学問分野にまたがる問題を解くためには不可欠です。気候変化にともなう水産資源の変動を明らかにする研究は、日本の水産業の明日を設計するためには不可欠の研究です。私たちが産み出そうとする財産は、「この地に、この海に根ざして生きるための知恵」です。(柏井)
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